フラギイのメモ

Twitterで書き散らしたことを体系化しようとした。

仮面ライダー555感想:第1話

ブログを放置するのも何なので1~数話単位で感想を書いて行こうと思う。当然何度も視聴した作品であるが、できればフラットに、リアルタイム時に抱いた思いや当時の環境も思い出して交えていきたいと思う。

 

全体

 ストーリーラインが複数あり。どれが主人公なのか敵なのかそういったものが意図的に攪乱されている。555放送前の番宣に「敵もまた選ばれた人間!」というフレーズがあった記憶があるが、その文脈で言うならば超常的な力に選ばれたのは木場だ。まだG3の記憶も新しかった時代、ファイズというメカの鎧に身を纏った方がそういった力を持たない者の装備に思える。そうこうしてるうちにヒロインの追手としか思えない男がまさか最後に変身する。それ故にこの1話はまさに混沌としている。我々の理解を助ける(悪く言うと脳を甘やかす)序列や属性付けがされていないのだ。

 視聴者がもつそういった様々な思い込み・レッテルなどどこ吹く風でそこに在る人物たちの動き。まさに製作のキャッチコピーにあったと言われる「人が生きている。ただそれだけ」である

 ファイズの顔ってΦなんだけどこれって〇に線を引いて境界を作っているようにも見える。こちら側と向こう側、私たちとあいつら、暗闇に赤い線を引く演出といいファイズとはこの境界線上を歩く者なのだろう。

 

人物

明確に人柄が描写されているのは真理と木場。見返すと意外のなのが思った以上の真理の人の良さ。しつこく付きまとってくる男たちにも写真を撮ってやったり戻ってこなければその友人たち以上に心配している。この後出てくる様々なキャラクターたちの濃さに相対的に常識人枠に見えるところはあるものの、彼女もまたこの戦いを生き抜く強さは持っているのだ。

 木場は平時であれば人は責めないし今回も最後の最後で爆発するまでは、状況が状況であるにもかかわらず我慢強く行動している。それ故に彼の悲劇と超常の力を爆発させてしまったやりきれなさが際立つ。

 巧はこの1話だけだとコミュニケーションを拒む者として映る。これまでの作品は1話で名前が台詞上で発されて視聴者に知らしめられていたがそれもなし。定食屋で壁のお品書きを指さすことで注文するのは最たるものだ。

 

 

オルフェノク

 この段階では目的がかなり不明確に描かれている。勿論他の作品もほとんどがそうなのであるが、この作品はひときわである。怪人が3体も登場するわけであるが、行動、そこからうかがい知れる知性・人格・目的に共通項が見出し辛い演出がされている。そもそも、平成ライダーが20作以上続いた現在となっては現代人と同じ精神・言語能力を持つ怪人は当たり前となったが、555放送当時は、謎言語を操るグロンギ人間性を見いだせないアンノウン、完全な野生生物のそれのミラーモンスターと様々な怪人が続いた時期である。オルフェノクがそのまま現代人と同様のメンタリティを有する怪人か、素直に受け止めるのは判断に困る時期でもあったのだ。

 その中でも3体中2体がベルトに関わる行動を見せている。ここでベルトへの注目を集めている。単なる人間の戦力を奪うためか、はたまた更なる事情があるのか、対怪人戦力以上の重要性を想起させる。また、怪人の人格に対しても木場がオルフェノク態への変身と平行してオコゼオルフェノクの変身も見せている。ここでオルフェノクが人格を有することを倍増しで印象付けている。また、人と意思疎通不可能な怪物ではなく主要キャラクターとして描かれていくことを予感させている。