フラギイのメモ

Twitterで書き散らしたことを体系化しようとした。

メガミデバイスSS:セラム

 

 無人だということ以外に何の変哲もないオフィス街。そこ似つかわしくない爆音が響き渡る。銃弾がコンクリートの壁をえぐり、ビームの奔流が地面に爪跡を残す。

生き物が消失した街にたった二人だけ居たのだ。その争う二人はどちらも鎧や武器を纏った女性のような姿をしていたが、およそ人間にはできない超人的な運動と鎧の隙間から覗く甲虫のような関節から機械仕掛けであることが分かる。

 争っている二体は片方は赤色で体が染められ、もう片方はどこか蛹を思わせる黒い装甲を着こんでいた。どちらも戦い方に大きな差異はなく軽快に動き回りながら互いに銃を撃ちあっていたが、やがて地力に劣るのか少しずつ被弾を増やしていった黒い機体は動きに精彩を欠く。それでも必死に抵抗する黒い機体だが、挽回しようと力んで構える度に敵に隙を与えてしまっているようだ。そして最初は僅かだった差が次の差を呼び込むように雪だるま式に繋がり──

 

「負けた…」

その世界の出来事を覗いていた者の落胆の声がゲームセンターの片隅で喧騒の中に消えていった

 

 

──今日から遠くない未来。発達したAI技術は娯楽にまで波及し、14cmの女性型ロボット、メガミデバイスを産み出した。人間と同等の意志疎通能力、判断能力を有する彼女達は時に人間とのコミュニケーション、そして時にメガミ同士による競技「メガミバトル」に身を投じていた。

 

 初夏。薄皮1枚で暖かいが”暑い”に変わりそうな空気が充満するアスファルトの道を、大学生くらいの女性がひとり歩いている。人通りは多くないのか近くに人は見えず彼女一人のようだ。その足取りは軽くないがその理由は気候によるところではないようでああでもないこうでもないと唸りながら歩いている。

「まあ、でも惜しかったよね」

 幾分悩んだ後、頭の中の情報をまとめるように吐き出したその言葉は独り言ではない。

「ああ、それなりにいい勝負は出来たんだ。次は勝ってみせるさ。まあ、マスターの指示がもう少ししっかりしてくれれば私は勝つんだがな。」

 彼女の言葉に対する受け答えは、その肩辺りから聞こえてくる。彼女の方に座る14センチの機械仕掛けの小人、そして先ほどの戦いで敗北した黒い装甲を纏っていた方の機体、「セラム」と名付けられた個体だ。黒い装甲の下に見える、水着を纏ったような素体はちょうど今の季節に生い茂っている深緑たちと同じ色をしている。

 「そうだよねえ。ビームガンに増加装甲、そしてロードランナーのスピードを生かすためのブースター…セッティングも間違っていないはず…って後半随分言ってくれるわね。」

 ややあって二人は笑い出した。彼女たちは、最初から付属している武装だけでなくマスターに与えられた武器を以てバトルに臨む。多くの場合はゲームセンターや玩具屋に戦闘フィールドとなる筐体が設置されそこで戦闘を行う。メガミには様々な機種があり、ロードランナーと呼ばれるそれの彼女は踵に装備されたタイヤによるスピードが売りの赤い機種だ。マスターが作ってくれた武装、それも自身の特性に合ったものを纏って戦いに臨める。メガミとして不服は無い。実際、それを示すように彼女たちは連戦連敗というわけではない。今日のバトルでは負けてしまったが、勝ち星も始めたばかりにしてはそれなりにある。今は中級者に差し掛かって少し伸び悩んでいるだけだろう。

(よし。次も頑張らなくちゃな。)

 セラムは今一度、闘志を燃え上がらせる想いだった。

 

 ここはどこだろう。何も見えないうえに酷く狭い、気がする。気がすると表現したのは確証が持てないからだ。何も見えないのだからどれくらい狭いかなどわからない、どれほどの時間ここにいるのかもわからない。だから早く出てしまおう。出るのは簡単だと言うことは何故かわかる。─そして出てしまうと誰かを悲しませてしまうだろうということも。どうするべきか。いや、どうしたいのか。

 「また、あの夢か」

 曖昧模糊とした世界から帰ってきた彼女は辟易するように、そのボディより少しだけ深い緑色をした髪を揺らした。彼女たち、機械の姫も眠りを必要とする。充電用端末に繋がり、データの整理を行うのだ。

(なんなんだあの夢は。いや、そもそもメガミって夢を見るのか?明日にでも他の機体に聞いてみるか。)

 そんなことを考えながら、また暗闇の中に精神を沈めていった。

 

 

 日ごろはつつがなく時間が過ぎるくせに、解決したい疑問があるときに限ってトラブルが起きるものだ。マスターが大学の講義をこなし、いつものゲーセンに来たわけだがそこの空気はいつものそれではなかった。店内の一角がざわついている、しかもご丁寧にメガミバトル筐体の方だ。

 どうやらそこで行われていたバトルではすでに勝敗が決していたのだが、筐体から勝者の方は見慣れない男だった。店に新しい客が来ることもその者が勝つことも、なんら不思議なことではないだろうというのに店内の空気がどこか険しい。その原因を探って店内を見回すと、バトル鑑賞モニターの一つに直前の試合のリプレイが映され、原因が映し出されていた。その試合内容は、猫が鼠を甚振るように多分にわざとバトルを長引かせ相手からの攻撃を誘ってはちくちくとカウンターを指す戦い方だった。もちろんルール違反はしていないし、その戦法も実力が拮抗している者同士の勝負ならなんら非難されるものではない。だから誰も表立って抗議しないのであるが、同時にその戦いを称えない。彼我の実力差を認識したうえでからかうような機動で相手を翻弄していることが明らかに見て取れる。

 その男はバトルスタイルを悪びれることは全くなく、リプレイされる映像に灰色のメガミを誇らしげに背にしながら次の対戦相手を求めて挑発的な視線を周囲に振りまいていた。セラムの、今しがた確認した試合内容に苦い顔をするマスターにもだ。マスターは基本的に面倒ごとを嫌うが、同時に意地っ張りでもあり挑発されれば乗るであろうことがセラムにも予想できた。

しかし、その予想と裏腹にマスターは一歩を踏み出せないようであった。今自分たちが伸び悩んでいることが枷となっているのだろうか。それとも自分のメガミが酷いダメージを与えられることにおびえているのか。とはいえ、その男は既にマスターの存在も認識し大げさに視線を合わせるようなしぐさまでしている。明確に言葉こそ交わしていないがもはや挑戦するのか否か問われている状況なのは火を見るより明らかだ。ここで逃げてもマスターの心の傷となるだろう。

戦わなければ。これに勝って私もマスターも共に前進する。そうすることが至福なのだから。そう思ったセラムはマスターの方に振り返り、戦いを受ける言葉を待った。彼女は一瞬、本当にわずかな一瞬だが逡巡した後にセラムの背中を押した。

 

 

 堅く決意し一歩踏み出せば、自分の壁を打ち破れる。それは淡い希望でしかなかったのか。戦いは開始時刻から常にセラムの劣勢で塗りつぶされていた。フィールドは廃墟が数件並ぶ荒地。廃墟を生かした奇襲も、開けた土地で高機動戦も、取りうる戦術は出来る限り試したが、すべて返り討ちの憂き目にあっている。灰色の敵機体は全身に装甲を備え複数の実弾火器を持つ。加えて高機動スラスターの推力で地表滑走することができる。いずれの性能もこちらより上だ。しかも、こちらに攻めさせそれにカウンターを打ちこむ戦法を取っているため、心理的にも焦燥感、無力感がじくじくとため込まれていく。

 だが、まだ逆転の策はある。敵は重火器を右手で保持するためか右半身側の装甲は幾分薄く、そこにこちらのビームガンを直撃させればかなりのダメージになるはずだ。こちらが攻めあぐねて弱っているふりをすれば、向こうから攻めてくるはず。今度はこちらがカウンターを決めてやる。攻めてこずに時間切れとなった場合、判定で向こうの勝ちになるだろう。だが、あの性格の敵マスターが判定勝ちという、相手に食らいつかれ続けたとも受け取られかねない可能性のある結果を受け入れるとは思えない。そんな策を気取られないように、散発的な攻撃をするふりをしながら敵の周囲を動き回る。彼女とマスターにとっては、今に手の内がばれてしまわないかという焦りから無限にも感じられる時間は願いの成就で終わりを迎える。

(動いた!)

 敵が撃ってきた砲弾を身を捩ってかわし、守りの手薄な右半身にビームを撃ちこんだ──つもりだった。

 相手はセラムが撃つよりもわずかに早く、もう片方の手で取りだした火器の一撃によって彼女の起死回生の手を水泡に帰した。彼女の体は地面の上を転がり数秒間だけ地面の上に這いつくばる羽目になった。

 だが、その数秒の間に彼女は長い思考を巡らせた。

(もっと速く動けるのに。あいつを捕らえることはできるはずなのに…)

 そこまで考えて、はたと気づく。嫌というほど現実を見せられたのに、何故それでも自分は相手より速く動けることを知っているのか。マスターの武装や指示で戦う自分であることに不満などないとずっと信じていたつもりだった。だがそれは、"己が"できることを縛っているのではないか。

──そうだったのか。マスターには悪いことしたな。

 自分を縛る言い訳にマスターを使っていたのだ。あの夢は自分を閉じ込める殻に囚われ続ける夢。だが、もうそれもやめよう。確かに、一般的にはマスターが与えた武装をメガミは纏う。マスターからの贈り物だ。

(でも。)

 同時に彼女は思う。何故自分達に自我があるのか、それは自らの意志を発し世界に作用させ、想いを──独りでか、誰かと共にかはあるにせよ──成す為ではないのか。そう思い至った時、彼女は立ち上がった。立ち上がるだけではなくこれからに何をすればよいのか、いや、何をやりたいのか湧き上がってきたのだ。

 

 

「何だ…?」

 対戦相手の機体が口にしたのは自然な疑問だった。目の前の、死に体同然のメガミが立ち上がったと思ったら、なにやら咆哮を上げたのだ。その咆哮は聞く者によって頼もしさを感じることもあれば、禍々しさを感じることもある、そんな奇妙な咆哮だった。人のようでもあり、動物のようでもある。肉食獣の雄たけびようにも聞こえれば、昆虫の威嚇音のようにも聞こえる。しかし…

(どうでもいいか。そんなこと)

 この機体は確かな戦闘経験を積んでいたのだろう。相手が奇妙な行動に出ていても、取り乱さず銃撃を始めた。次々と穴を穿たれ崩壊していくセラムの黒い鎧。ほどなくして形を保てなくなった鎧が崩れ去り、その下から緑色に彩られた肢体が現れた。

(ロードランナー型の脚部ユニットを引き続き装備している…その部分をはじめ、各部に小改造が見られるが大した武装は残ってないようね。いや元から搭載していなかった?)

 もはや勝利を確信した機体がぼんやりと思考を巡らせていたが、急遽打ち切らざるを得なかった。なぜなら、彼女の視界にセラムが大写しになっていた、いや恐るべき速度で彼女が接近してきていたのだ。しかも、それはロードランナーがもつローラーダッシュによる走行ではなく脚による一跳びで、だ。

 

 

 相手が反応すらできない瞬発力で接近し、掴みかかった緑色の猛獣。カスタムメガミの装甲と重量を頼りに振りほどこうともがく敵機体。だがそんな抵抗も虚しく、素手のセラムはもがく敵機体の装甲を溶けた飴のように軽々とねじ切ったのだ。自分の装備にふりかかったそんな事態が信じられない、恐怖と苦悶の表情に染められながらも必死に脱出を試みる被食者だが、どこ吹く風と次々に破壊されていく全身の装甲や武装が形を変えられ、剥ぎ取られていく。今の自分に必要なのは大砲でもなければ刀剣でもなくこの四肢を使って戦うことなのだと、ただそれを受け入れるだけでセラムは容易く敵を打ち破った。

 敵機体のマスターの激が飛ぶ。まだ素体には戦えるだけの余力が残っているはずだ、負けるな、と。しかし、与えられた衝撃が許容量を上回ったとでもいうのだろうか、一通りの装備を破壊しつくされると糸が切れたように崩れ落ちた。

 ドサリ、と敵機体が倒れこんだのが合図となって、フィールド内の夕日を思わせる照明に照らされたセラムは勝鬨を上げた。これから夏が始まろうとしている。どこかで一匹の蛹が衣を脱ぎ、羽根を伸ばしていた。