フラギイのメモ

Twitterで書き散らしたことを体系化しようとした。

メガミデバイスSS:雪花

私が作成した朱羅忍者「雪花」(https://twitter.com/fra_gille/status/948935248280150016?s=20&t=Vyl5OCnn9PCU3f79Xu6qog)のお話

 

廃墟が立ち並ぶ寂しげな土地。窓から日の光が差し込む廃墟の中を進む少女が二人。どちらも脚や腕といった要所に鎧をまとっており片方は緑色で脚部に刃を携え、もう片方は水色を基調とし肩マントや笠など法師を思わせる武装をまとっていた。
 何かを探すように歩みを進めていた二人だが、おもむろに水色が声を発する。
「セラムちゃん、止まって」
 セラムと呼ばれた緑色が足を止める。そしてセラムが疑問を発する前に水色の機体は、右手にあるアスファルトを思わせる壁を指し何かを小さな声で指示する。指示の内容であろう、セラムは壁に拳の鐘をついて、轟音とともに大穴を開けた。そこの壁は分厚い上に比較的状態が良く、老朽化していたものをつついて崩したわけではない。だが彼女の腕力にとってそんなことは当然の結果であり、二人はその先の目的を期待していた。
 果たしてその目的は叶った。壁の向こうにいた敵を見つけたのだ。敵は彼女たちと同じく、見た目の差異はあれ、鎧をまとった女性であった。敵にとってもこの見つかり方は意外だったようで、壁の大穴とその傍に立つセラムを交互に見比べて、信じられないといった顔をしている。水色の機体はその機を逃さず、セラムに指示を出す。
「セラムちゃんはそのまま突撃。手近な敵から倒して!うち漏らしは私が仕留める!」
水色の機体の激を受けると同時に敵にとびかかっていくセラム。その勢いのまま、彼女たちは勝利した。

「二人とも、お疲れ様―。」
彼女たちの世界に主からの声が届く。彼女たちを組み立て、武装を作った主だ。二人は勝利の喜びに談笑しながら主の元へ向かう。人間と呼ばれる巨人の元へと。

──今日から遠くない未来。発達したAI技術は娯楽にまで波及し、14cmの女性型ロボット、メガミデバイスを産み出した。人間と同等の意志疎通能力、判断能力を有する彼女達は時に人間とのコミュニケーション、そして時にメガミ同士による競技「メガミバトル」に身を投じていた。

 
 バトルフィールド筐体の置いてある模型店からの帰り道、3人──マスターとその肩に乗っているメガミ二人──が、勝利に浮かれるムードの中歩みを進めていた。
「やっぱ雪花<ユキハナ>の追跡能力と指揮は頼りになるよなあ。」
 先ほどセラムと呼ばれた機体がそう称える。もう一方の水色の機体は雪花<ユキハナ>という名前を持っており、朱羅忍者という市販の機種をベースに改造が施されている。元は赤い体に茶髪であったのだが、カスタマイズによって髪とボディは水色、怜悧な瞳は黄色にに彩られている。雪花はこのマスターが2番目に組み上げた機体であり先日完成したばかりであるが、1号機であるセラムとの間に上下関係はなく気安い友人のような関係ができつつあった。
「雪花が作戦立案や指揮もやってくれて大助かりねえ。いや、私、事前に作戦立てるだけならできなくもないけど、戦闘中の真っ最中は気があせっちゃって…」
 こちらはマスターの言葉だ。メガミバトルの面白さは工作だけでなくバトル中の指揮にもあるわけだが、マスターは先述の通り咄嗟の指揮が苦手なため自身は大まかな方針を固めたり情報を求められた際に提供するにとどまり、作戦指揮官を雪花に一任していた。セラムの方も、自身の機転に優れるとはいえ全体の指揮官をやるには自分は向いていないと思っていたため雪花に快く任せている。

──セラムちゃんが嬉しいと私も嬉しい。マスターが嬉しいと私も嬉しい。
 雪花はふわふわとした高揚感に包まれていた。

 その晩、月明かりが照らす窓辺で二人の機械の小人が語らっていた。マスターはすでに就寝しており、時折車が通る音が聞こえてくるだけ。世界に二人だけになってしまったような静寂に、自然お互いへ注意が向く。
「雪花、バトルは楽しいか?」
 1号機の言葉はいつも簡潔だ。未だに言葉の真意がわからないときもあるが、まあ遠くないうちにすべて解決するだろう。
「うん。勝って、みんなが笑ってると嬉しくなるよ。」
 昼間思っていたことをそのまま口にする。それを聞いたセラムは何か言いたげの様にも見えたが、すぐに穏やかな表情でそうかと答えただけだった。少し気になった雪花だが特段追及はしなかった。まあいずれわかるだろう。自分とセラムは同じ志なのだ。会話もそこそこに二人はスリープについた。


 翌週、別の対戦相手とのバトルに赴いていた。相手チームは雪花とセラム以上の人数、つまり3人以上だった。一見フェアでないように見えるが、何故そのようなバトルが成立するのか?その理由はバトルポイントというものにある。バトルポイントは近距離戦能力、中距離戦能力、機動力、索敵能力など様々な項目を数値化したカタログスペックであり、ベースとなった機種に設定されているその数値を改造によって上昇あるいは低下させた数値である。これの合計値を強さの目安とし、複数機体における戦力差を考慮する。つまり今回のバトルの参加機においては1機1機においてはセラム達の方が高いことになる。とはいえ、機体が持つ経験や技能、知力はこの数値には表れにくいため一概にバトルポイントで強さは決まらない。くわえて今回は遮蔽物の多い森林フィールドなのも戦いの不確定要素となっていた、
 挨拶もすませ、雪花とセラムが武装をまといフィールドに降り立つ。コブラの頸部を思わせる笠と左腕を覆うマントシールド、いずれも茶色でまとめられている。そこに身の丈ほどもある錫杖を持った法師とも旅人ともいえる出で立ちが雪花の武装形態だ。その全身各部にはチャフ、煙幕噴射筒等と攪乱用兵装を内蔵している。隣に立つパートナーは脚部に刃を備え、緑色の軽装甲とカミキリムシの触角のような角を携えている。
 二人が見据える前には鬱蒼とした森が広がっており、見上げると遠くにところどころ木々より高くそびえる岩山が見える。首をどちらに振っても密集して並ぶ木しか見えず、相手を探し出すには森に入るほかないだろう。二人はどちらからともなく歩き始めた。

 しばらく歩みを進めるが、一向に会敵しない。まさか逃げたとはいうことは無い。向こうが先にこちらを発見し攻めるタイミングを伺っていると、それくらい構えていた方が良いだろう。雪花は現状分析を話す。
待ち伏せは勿論だけど、単なる奇襲だけじゃなく連結型の武装を用意している可能性もあるね。相手チームの人数が多い、つまり一人当たりのバトルポイントが私たちより低い以上、単騎での火力はそう高くないはず。でも、一人一人に大型合体武装の分離パーツを持たせているがゆえにポイントが低くなっていると考えれば…」
「現地で大物を組み立てて大火力になるというわけだな」
 セラムが言葉を引き継ぎ、それに頷く雪花。他にもジャミングでこちらを分断してくる可能性なども話していると、動体感知に優れたセラムが何かに察知した。気取られぬようパートナーへ目線だけ送る。が、雪花は自身の分析を話していて気づかない。通信でもよいが、雪花が表立った反応をしてしまい敵に気取られる可能性もあるので控えるべきか。そう思案している間にも敵の接近は近づいてくる。やむをえない。
「雪花、敵が来る!」
 背に腹は代えられぬと言葉で伝える。セラムの察知が早かったため、さしたる動揺もなく余裕をもって迎撃態勢に移る雪花。彼女たちが構えた僅かなあと、敵が藪から飛び出してくる。その数は二人。どちらもマシンピストルを連射しながら接近してくる。狭い森林の下で機動力に優れる武装だが、雪花たち二人もすぐに対応する。まずは雪花。ひらりと火線を交わすと伸びやかな跳躍を一つ。敵の手前に着地するとそのままふわり流れるような動きで身をひねり中段蹴りを打ち込む。敵は鉈を取り出し2度3度と振るうが、雪花の流水のような動きの前に受け流され、逆に拳法のような鋭い打撃を打ち込まれる。彼女の武器は大剣でも火砲でもなく、またその身を突き動かすのはバーニアでもなく、己が四肢を弾ませ、打ち、捌く。柔の格闘が彼女の武器だ。
 隣ではセラムが瞬発力と剛腕を生かした剛の打撃を打ち込んでいる。相方も危なげなく戦っていることを確認するが雪花は油断はしない。確かめねばならないことはまだある。目の前の敵からの攻撃に対処しながらも周囲に視線を巡らすと、見つけた。木々の向こうに大砲を構えた機体が見えた。それをすかさずセラムにも伝達すると、息つく暇もなく木立の隙間を縫って砲弾を撃ってくる。現状、それの直撃は避けているものの、敵の前衛機がこちらの回避行動を妨げてくるため至近弾はいくらか浴びてしまう。だがその僚機を巻き込まないように配慮して行う砲撃はそこまで苛烈ではないため、状況は差し引き0といったところか。
 しかし数の優位かいつの間にか誘導されていたようで、森が開けたかと思ったところ岩壁に突き当たってしまう。ご丁寧にさらに別の敵メンバーがどこからかジャミングまで仕掛けているため、二人の距離が離れると短距離通信が途絶えそうになる。今は口頭で意思疎通し合っているが何らかの手をうたねばなるまい。
 そうこうしていると大砲持ちの3人目がまた撃ってくる。此度の砲撃がこれまでと異なるのは砲弾が明後日の方に逸れていることだ。手元でも狂ったのか、そんな希望的観測は着弾地点の方から聞こえてくる轟音によって打ち切られた。砲撃によって崩れた瓦礫が次の崩落を呼び、それが土砂崩れとなって一帯を襲っていた。迫りくる砂の濁流。とはいえメガミデバイスの身体能力は超人のそれ。時に流れの浅い部分に立って耐え、時に障害物の上を跳躍し回避していく。
 だが、土砂の複雑な流れに雪花が気を取られた一瞬、巨大な瓦礫が彼女を押しつぶさんと迫る。刹那、助けに入ったセラムが飛び蹴りで瓦礫を軽々砕くと、その怪力で今度は雪花を土石流をゆっくりと流れる大木の上に投げ飛ばす。思わずセラムの名を呼ぼうとする雪花だが、さらに激しくなった流れが二人を別っていった。

 この事態は敵マスターにとっても想定外のものであった。彼としてはあくまでいくらかの瓦礫を落とすつもりであったが、フィールドの劣化と当たり所の悪さが予想外の結果を生んでしまった。バトルが中止になっていない以上は自分と相手のメガミ双方が無事でバトルは続行可能ということだ。混沌というしかない有様、自軍のメガミ達が離れ離れになっている現状、そして敵はより大きなダメージを受けているはずだという目算。それらが彼の判断を惑わし、勝利を焦った彼は自軍に各個で敵を探しとどめを刺すように指示をした。それが雪花たちにとっては幸運として働くこととなった。

 スリープ状態になっていた意識に電流が駆け巡る。ゆっくりと目を覚ます雪花はそのまま自分の体の状態を確認する。素体にも武装にも動作に支障はないことに安堵する。続いて周囲を見回す。セラムの姿を期待するがそちらは果たされない。しかも、彼女との通信も繋がらないことに大きく肩を落とす。
 とりあえずバトルは中止にはなっていない。つまり筐体のコンピュータは他のメガミが無事、あるいは少なくとも終了後に回収可能の状態であることを示す。
(とにかくセラムちゃんに合流しなきゃ…)
 雪花の最優先目標が決まることに時間はかからなかった。次の思考はそれを叶える手段だ。そこで彼女はマスターによる案内を思いつくが、そういえばマスターとも通信が繋がらない。メガミのジャミングによっては、マスターと連絡が取れなくなる事態もあるにはある。そちらにはさほど不満も覚えず動き始める。

 セラムと合流するにはどこへむかえばいいのか、彼女ならどこへ行くのか…。考えてもこれだと思える答えが出てこない。
──いつも彼女と一緒の時は一心同体の様にわかっていたはずのなのに。
 体験したことのない不調に不安を覚えるが、それを振り払うように歩き出す。
 鬱蒼とした森林はどこまでも続く。虫の羽音もなく、時折一定の微風が生じるだけの静まり返った森。当然だ。そこは自然が生み出した森ではなく、ジオラマとして作り出されたものに過ぎないのだから。生命などいるはずがなく、生じる空気の流れも換気機能が作動しているに過ぎない。そてしてそれは今日始まったことではなく、ずっと前から変わることはない。
(そんなことはわかっているはずなのに…)
 まるで違う世界に来てしまったかのような言い知れぬ不安感に襲われる彼女。いったい何故、そう考えに浸っていると彼女のセンサーが反応する。敵だ。バトルは続いているので当然なのだが、彼女はその事実に安堵を覚える。
 敵の行動は迅速。雪花が感知してから間髪入れず、茂みから鉈を振りかぶって飛び出してくるが、蛇の対処はすでに完了していた。彼女が敵に背を向けたまま、後方に素早く突き出した杖の石突が敵の腹部に深く沈み込んでいたのだ。先程までのダメージの蓄積も相まって、敵は何が起きたのか把握しきれぬまま戦闘システムが停止、人間で言う気絶状態に陥る。改造によって接近戦能力を高めている彼女に叶う者は、町レベルでは中々いないだろう。それができるのは、彼女の知る限り、標準型を超えるパワーと俊敏性、それに獰猛性による肉弾戦で猛るセラムだけだ。
(おっと、だめだめ。セラムちゃんのことばかり考えちゃ。いや考えてもいいけど、それはどう合流するかの手段についてで…。)
 気を引き締めて再び歩き出す。目的地は決まっていないが、とりあえずまっすぐ進んでいこう。それくらいしかあるまい。下手に動かず留まってセラムが見つけてくれるのを待つ、などという手段を取っていたら不安になりそうだから──。

 相変わらず変化のない森を進んでいく。今度は側面だ。4時の方向から拳銃弾の連射が飛んでくる。マント状シールドに覆われてない右半身側を狙っているのだろう。だが雪花の行動の方が一歩早く、身を翻すとその左半身の盾で身を隠しながら右へ左へ敵の銃の狙いを揺さぶりながら蛇行し、接近していく。蛇の誘惑につられてふらふらとおぼつかない挙動を見せる銃口は、その毒牙から主を守ることはできなかった。雪花の全体重と勢いを乗せた肘打ちは勝負を決するのに十分な威力を有していた。戦闘システムをフリーズさせた敵が倒れこむのを確認すると、予定通りの方向へ歩みを再開する。

 その後も森を進んでは襲ってくる敵を倒した。だがそれが1体なのか10体なのか20体、それは彼女にもわからなくなっていた。20体であるはずはないのだが、延々と続く似たような状況が彼女の認識を惑わせていた。時間についてもだ。自身の中にある時刻機能は正確に作動しているのだが、彼女にはこの状況がつい先ほど始まったようにも何日も前から続いているようにも思えてしまう。
(セラムちゃん、どこにいるの…?早く合流しなきゃ…。)
自分はこんなにも不安にさいなまれている。

 また新たな敵が襲ってきたので、倒す。鬼気迫る表情で。頭にもやがかかっているようだ。今自分の目の前に倒れているメガミ──いやそもそもメガミなのだろうか、もしかしてこれは人間なのでは…。そんなあるはずのない思考にむしばまれている自分にはっと気づくと、とうとう堰を切ったように走り出す雪花。何かから逃げ出すように。何かを求めるように。
「私がこんな思いしてるのに…、セラムちゃんはどこ!?」
 その場にいない相棒を求めて走り続ける様にいつもの冷静さはない。自分と一緒に笑いあった相棒がいない。その人さえいれば自分は孤独ではないのに。その人さえいれば自分はこの感情と一人で戦わなくて済むのに。
 そんな思考と動作がバラバラなまま走り続けた結果、雪花は足をもつれさせ転んでしまう。そのまま立ち上がる気になれず、不貞腐れたように地べたに貼り付いたままだ。一人で立ちたくない。セラムに手を差し伸べてほしい。昨夜まで楽しく笑いあっていたように。そうして雪花の脳裏に昨夜のやり取りが浮かぶ。
──雪花、バトルは楽しいか?
 今の状況ではどう見ても楽しいとは思えない。なんであんな質問を…。
 そう思ったところではたと気づいたように己の感情を見つめなおす。セラムが助けに来ないのは当然だ。今の自分の状況を知らないのだから。今の状況に苛まれ、今、自分の感情を抱いているのは自分だけなのだから。
(あの時のセラムちゃんの聞きたかったことっていうのは…)
 私たちは何もかも通じ合ってなどいなかった。いや、これからも、お互いのすべてを理解し何もかもを共有することなどできないだろう。同じものを見ても聞いても違う物を感じる。もどかしく、胸躍る、平行線。二人だけじゃない。世界中のメガミがたとえ同じ言葉を交わしていても、私が感じるものは私だけのもの。雪花の手足に力が戻る。
 (最初から意図を教えてくれればいいのに。まあそんな器用じゃないから面白いんだけどね、あなたは)
 不敵な笑顔を浮かべ、地べたを這っていた胴を腕が力強く持ち上げる。そして顔を前に向ける。

 蛇の瞳に映し出された視界は予想外のものだった。そこは木々が開け小川や空が見える場所。それ自体はなんの変哲もないはず。なのに、その場所の息遣いを感じることだった。自由自在に形を変え、潤いを運ぶ水の流れ。木々を揺らしざわめきを生む風。足の裏からは土の吐息が伝わってくるようだ。そこは先ほどと何も変わらない場所なのに、ジオラマの森と作られた水路と換気の流れであることに変わりはないのに、そこには息遣いが確かにあった。目にする全てが刻々と姿を変える、そう感じられた。
(そうか。これは…。)
 もはや雪花には進むべき方向がわかっているようだった。自分が感じる先にセラムが居る。そう確信できる。
「待っててねセラムちゃん、今助けに行く!」
 鋭く前を見据え地を蹴る。内からどこまでも湧いてくる力のままに。