フラギイのメモ

Twitterで書き散らしたことを体系化しようとした。

仮面ライダーアギト感想:第7,8話

前回で主要人物が出揃ったため、やや落ち着いて物語を紡いだ回

翔一
 翔一は本当に殺人犯なのか?記憶もないためそれを完全に否定できない。翔一の正体不明さにある種孤高のヒーローを感じ始めた矢先に、その正体不明さの負の面を視聴者に見せていくことで停滞感を感じさせない手腕だ。
 また怪しいのは翔一のみならず美杉教授もだ。真魚父の命日、実の兄弟同然に仲良かったというのに命日を忘れてる美杉…思い出したくない死因だったのか?他殺というだけなら悲しむ気持ちはあっても命日まで思い出したくないという程ではない気が…。
 翔一の記憶を読む真魚。ここで翔一を疑ってしまうのは彼がアギトだからであろう。アギトとはなんなのか、アギトはどのような生態なのか、彼女も知らない。「アギトもアンノウンのようなことをしている」可能性を思い浮かべても不思議ではない。もしかしたら影で人を捕食している可能性だって劇中人物視点ではありうるのだ。

葦原
 ギルスへの反動か?3日感も眠るほどの衰弱を見せる葦原。周囲に受け入れられる翔一・変身しても体に異常が出ないアギトとの対比が浮き彫りとなった。
 そこで葦原を助ける謎の青年。ギルスはアンノウンの敵ではないのか?それともこれから味方側に引き入れようとしているのか?ギルスの方は戦闘意欲を見せるのだが…。
 そしてここで「アギト…いやギルスか。珍しいな」というセリフから逆説的にアギトは珍しくないことがわかる。ひいてはアギトとは個人名ではなく、種族を指すのではということがこの段階で既に示されているのである。

氷川
 氷川があかつき号を救助したのはやはりイレギュラーな事態だった。海上保安庁の失態とも言えるが、同時にやむを得ない怪現象だった可能性を示されている。あかつき号とはなんなのか?
 今回台詞回しが秀逸だったのはやはり氷川だろう。翔一くんに対しギャグ調に突っ込むのではなく「酒を飲んでいるか」と遠回しにボケていることを指摘するのだが暖簾に腕押し。既に氷川と翔一の力関係が固まりつつある。
 また、今週から始まる氷川の不器用伝説。手始めにのこぎりをへし折った上に煙に巻いたわけだが、他の人が相手だったらムキにならなかったのだろう。やはり氷川と翔一は噛み合ってないようで、噛み合っている。噛み合っているようで噛み合っていない関係だ。

 また、上層部からG3が戦果を上げていないと言われる場面。これについては視聴者目線だと人の身のままでアギトによく食らいついていると言えるが、警察目線では謎の生物(アギト)頼りの撃墜数はやはりまずいのだろう。

 ドアを閉じきらないうちにでかい声でもんくを言う小沢さん。上層部に聞こえてるよ絶対。猪武者ではなく搦め手でチクリというくらいには常識的な面(?)も
 また意外にも氷川さんに明確に不器用と真っ先に発したのは御室。その後のこぎりを折る描写を見せたわけで実はかなりの観察眼あり?
 他にも河野のフォローを受ける北條、朝帰りを揶揄するませた太一などレギュラーたちのさりげないやりとりによる個性付が進んでいく

この回では主要3人に、翔一:殺人犯の可能性、 氷川:過去の海上保安庁の失態の口封じのための飼い殺し? 葦原:謎の少年によりアンノウンの方へ引き込まれる?
とそれぞれの不安要素を見せている。本作ならではのダイナミックな連続ドラマとして、一筋縄で視聴者を安心させたりはしないというのが見える。


アギト&アンノウン
 一刀両断の極意で戦うフレイムフォーム。ロジック重視のフォームチェンジのクウガに対してアギトの方は武器を持ったアンノウンとのちゃんばらの薙刀・特殊な敵を一刀両断の刀と殺陣の見栄えから使い分けてるといえる。
 カラスの殺人方法の最終工程は力技だけど人型大のものがあれだけ移動するのは不可能なのでやはり不可能犯罪。
 やはり飛行怪人はライダーにとって鬼門なのか、一対一でアギトを翻弄する強敵カラス。単純に強いだけでなく屋台を壊したり、ジェットコースターのレールに叩きつけられたり痛そうな描写が多い。また、一瞬だがこのアンノウンの目に本物のカラスの目を合成したのではないかと思われる場面もある。

 オーパーツから赤ん坊を作り出すという結果があったにも関わらず、三雲は何も起きなかったという。これはなぜか。推測だが人体錬成という禁忌の領域に踏み込んだという点を科学者としての良心が咎めたのではないだろうか?
 オーパーツを解析できる程に人類が進歩した時代、それは謎の少年やアンノウンたちにとっては一つの目安なのではないだろうか。アギトはこれまでも生まれていた。過去のアギトは人類とうまくやっていたのかもしれない。しかし、人が科学で人を超える時代においては、アギトをどう捉えるのだろうか?
 アンノウンとは「人が何かの一線を超えたときに動く」のではないだろうか。そう考えると三雲がアンノウンに殺されたのは展開としては偶然(負傷し混乱したアンノウンによる誤認)だが、ある種の必然を感じてしまうのである。

 アンノウンが人の(良きにせよ悪しきにせよ)変化を嫌うなら、人はそれを超えることができるのだろうか。